Thursday, April 19, 2007

古代の出勤簿

山持遺跡から古代の出勤簿とみられる木簡などが出土
山持遺跡から出土した、古代の出勤簿と見られる木簡の赤外線写真(島根県埋蔵文化財調査センター提供) 出雲市西林木町の山持(ざんもち)遺跡から、古代の出勤簿とみられる9世紀前半(平安時代前半)の木簡が山陰地方で初めて見つかり、島根県埋蔵文化財調査センターが18日、発表した。多数の人名が列記され、当時の労働者を文字で管理、記録していたことが分かる貴重な史料。また、同遺跡で昨夏に発見された板絵4点のうち、女性を描いた2号像の表裏に文字表記があったことも新たに確認された。 木簡は長さ38・1センチ、幅8・2センチ、厚さ0・9センチ。国道431号東林木バイパス工事に伴う発掘調査で、古代の道路状遺構から出土した。 人を率いる意味や役職名を示す「部領倉長(ぶりょう・くらおさ)殿」と、「馬道部(まみちべ)殿」という人名が記され、それぞれに「吉野」や「福丸」など一般の人とみられる名前が並び、少なくとも14人の人名が連なっていた。下半分が欠けており、全体像は不明だが、道路工事や農作業などに参加した人の出欠を取るための出勤簿と推定されるという。 古代の出勤簿は7世紀後半から各地で見つかっており、木簡を鑑定した東野治之・奈良大教授(古代史)は「通常、古代の出勤簿には出欠を示す印や日付が入っているが、山持遺跡の木簡にはなかった。現場で名前を読み上げ、点呼に使ったのかもしれない」とする。 また、昨年7月に発見された中国風の服装をまとった女性像を描いた板絵の表面に、「永遠に続くように」との意味を表すとされる「長久」という単語が記され、裏には人名と推測できる「立万」という表記があったことも判明。同センターの原田敏照文化財保護主任は「板絵自体が信仰の対象である可能性が高まった」と話した。 さらに、同遺跡からは、古代の地名と人名が記された2点の木簡も出土。今回見つかった木簡3点と新たに文字表記が確認された板絵1点は、21日から5月6日まで、同市大社町の県立古代出雲歴史博物館で一般公開される。

山陰中央新報より
 出勤簿ってあったんですねぇ。

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